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仙台高等裁判所秋田支部 昭和61年(行コ)3号 判決

控訴人・附帯被控訴人(被告) 国

被控訴人・附帯控訴人(原告) 奈良昭夫

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の、附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人(附帯被控訴人、以下「控訴人」という。)

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  右取消しに係る被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)の請求を棄却する。

3  被控訴人の本件附帯控訴を棄却する。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

1  控訴人の本件控訴を棄却する。

2  原判決中被控訴人敗訴部分を取り消す。

3  被控訴人が控訴人との間で横手郵便局長が被控訴人に対してなした昭和五三年六月九日付の一か月間俸給の月額の一〇分の一を減給するとの懲戒処分の付されない地位にあることの確認を求める訴えを原審に差し戻す。

4  原判決主文第二、三項を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し金七四万八一三六円及び内金五三万一一〇八円に対する昭和五三年六月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は第一、二審とも控訴人の負担とする。

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決六枚目表五行目から同六行目にかけて「労働基準法」とあるを「労働基準法(昭和六二年法律第九九号による改正前のもの・以下同じ)」と、同一三枚目裏一〇行目から同末行にかけて「小包日勤三は二名」とあるを「小包日勤三も一名」と、同二〇枚目裏六行目に「それだれ」とあるを「それぞれ」と、同二二枚目表一行目の「二時間」を「三時間」とそれぞれ訂正する。)。

一  控訴人の主張

1  本件年休時季指定の権利濫用

被控訴人は、違法性の高い反社会的ないわゆる成田闘争(成田空港開港阻止闘争)に参加する目的で本件年休時季指定をし、実際に右闘争に参加して郵政職員に対する信頼ないし信用を傷つけ、郵政省自体の社会的評価を低下・毀損せしめるなどの一端を担つたものであるが、年休制度の趣旨・目的による制約、国家公務員たる郵政職員としての年休の利用目的についての種々の制約にもかんがみれば、被控訴人の本件年休時季指定は、そもそも権利の濫用であり、年休として成立する余地はないものというべきである。

2  時季変更権行使の正当性

(一) 被控訴人が本件年休時季指定をした当時の横手局における事業の正常な運営について

(1) 右当時、横手局においては、部内労働組合である全逓信労働組合が長期抵抗路線をしき業務規制闘争を行つていたことから、組合員である職員が超過勤務を拒否したり作業能率を低下させるなどの実態があつた上、病休等による突発的な欠務が多数発生し、結果的に標準的要員配置数を下回る要員しか配置できない日がかなり存在した(別表1参照)ことにより、大型通常郵袋の滞留が常態化していた。

(2) 右滞留は、右のとおり職員の業務規制や病休等の突発的な欠務の多発によるもので、業務量に対して要員が不足していたためではない。そのような滞留は決して横手局が容認していたものではない。

(3) したがつて、本件当時の横手局における事業の正常な運営は、郵便物が即日完全に処理されてしまうか、あるいは、一時的な滞留が生じたとしてもその後速やかに解消される状態を指すものというべきである。

(二) 標準的要員配置数について

(1) 標準的要員配置数とは、各郵便局の業務量に応じて算出された要員数をもとに各日の具体的な業務遂行状況等を考慮した上、正常な業務運行を確保するために最低必要な要員配置数として定めたものである。

したがつて、標準的要員配置数を下回る要員しか配置できない場合には、その不足する要員数に応じて業務支障が発生することになる。

ちなみに、横手局においても、結果的に標準的要員配置数を下回る要員しか配置できなかつた五月七日、九日、一三日、一四日、一五日、一六日、二三日についてみると、九日を除いてはいずれも当時の横手局における一応の目安である二〇〇袋をはるかに超える大型通常郵袋の滞留が発生し、明らかに業務支障が生じている。

(2) ところで、横手局には、業務を正常に運行するために必要な要員のほかに、職員が年休等の制度的に認められた各種休暇を円滑に取得できるように、休暇による欠務の後補充のための要員と、非常勤職員の雇用や常勤職員の超過勤務による後補充を行うための賃金が別途措置されていた(このほかに三名の過員が存在していた。)。そして、年休を付与するかどうかの判断においては、単に常勤職員により標準的要員配置数を確保できるかどうかのみが検討されるのではなく、その欠務により不足する労働力を非常勤職員の雇用や常勤職員の超過勤務によつて補充することが可能かどうかの検討も併せてなされている。

(3) 本件当時の横手局においては、標準的要員配置数に基づいて年休等の休暇の処理が行われ、正常な業務運行を確保する努力がなされていたものであり(別表1によれば、突発的な事情や病気等によつて欠務が発生し、あるいは予定していた非常勤職員が雇用できなかつたなどの特別事情があつた日を除き、概ね標準的要員配置が確保されていたことは明らかである。)、被控訴人の本件年休や石井正志の五月二一日の年休に対する各時季変更権の行使もその一環としてなされたものである。

(三) 本件年休請求と業務支障について

(1) 要員事情

横手局では、五月一四日、一五日の時点において既に六〇〇袋以上の大型通常郵袋が滞留していた。このため、雇用が可能な非常勤職員全員を右滞留解消にあてるべく計画され、また、三六協定が締結されて常勤職員の超過勤務が可能となつたとしても、これも当初から右滞留の解消にあてることが予定されていた。

しかし、五月期においては、非常勤職員の雇用が思うにまかせず、また三六協定は早くても物数調査開始日の前々日である五月二〇日にしか締結される見込みがなかつた上、三六協定が締結されて職員に超過勤務を命ずることが可能となつても、現実にはその命令に従わない職員がかなりいたなどの事情を考慮すると、五月期の物数調査実施前において非常勤職員の雇用及び常勤職員の超過勤務により右滞留を解消することは殆んど期待できなかつた。

なお、六月期においては、五月期と比較して非常勤職員を含めて要員事情が大幅に好転し(別表2参照)、また、三六協定が既に六月上旬の九日に締結され、物数調査の開始日である二一日までに超過勤務を命ずることの可能な日が計一二日もあつたのであるから、物数調査の実施前に大型通常郵袋の滞留が解消されたのはむしろ当然のことである。

(2) 服務差繰りの可能性

(イ) 前記標準的要員配置数の算出方法に照らせば、本件三日間の如く標準的要員配置数を下回つた要員配置の下で、他の出勤者による被控訴人の欠務を後補充することが不可能であることは明らかである(けだし、欠務のため応急的措置として後補充をした場合には、後補充者本来の担務に支障が生じるからである。)。

(ロ) また、後から請求されてきた年休を付与するために、当該年休請求以前において既に週休日等として「休み」とされている者に対して、その出勤の可否を検討するなどということは、使用者の服務差繰りの努力義務の範囲をいたずらに拡大するものである。

本件当時の横手局においても、右のような措置はとられていなかつた。

なお、甲第一六号証には、合計二五件の週休交換等が行われているかのような記載があるが、実際は週休振替五件、週休交換四件に過ぎない。しかも、これらは、当事者間で合意したものを管理者がやむを得ないと認めたものであつて、年休をその請求者の希望どおりに付与するために、管理者の方から積極的に週休振替等の措置を講じたものではない。

佐藤正三郎主事の五月二〇日の週休の他日振替は、同日についての加藤良一の年休請求が社会通念上やむを得ない理由(週休、非番を含む三日間の家族旅行)に基づくものであつたため、これを付与することとし、この欠務による業務支障の発生を回避するためになされたものである。

また、土舘課長が草薙一美の五月二一日の週休と被控訴人の同月二二日の週休の交換を認めなかつたのは、次の事情による。即ち、右二一日は物数調査のまさに直前であり、郵便物を滞留させることが絶対許されない事情にあつたところ、既に五月一六日の時点において当日の要員配置が標準的要員配置数を三名も下回る状況にあつたため、同課長は、場合によつては当日の週休者に対して出勤を命じ、滞留の一掃にあたらせることも考慮していた。したがつて、同課長としては、右週休交換を認めたとしても、結局は当日被控訴人に出勤を求めることにもなりかねないし、既に被控訴人の当日の年休を時季変更した後でもあつたことから、右週休交換を認めなかつたのである。

(3) 以上のとおり、被控訴人の本件年休を付与すると、横手局における事業の正常な運営が阻害される事態が予測されたために、土舘課長は被控訴人の本件年休を時季変更したものであり、本件時季変更権の行使は適法かつ有効に成立している。

3  未払賃金請求等の信義則違反

(一) 被控訴人が、昭和五三年度において、本件三日間を含めて計算した二〇日間を超えて年休の権利を行使した日は、昭和五三年一二月二〇日、同五四年二月二七日、同三月一六日の三日間である。

これらの日についてみると、一二月二四日は、本訴が提起されたわずか二日前であり、しかも、被控訴人は、その数日前の一二月一五日には、乙第二二号証のビラを配布し、当局が本件三日間を年休として扱わなかつたことに対する強い非難と抗議の意思表示を行つている。したがつて、右一二月二〇日の時点で、被控訴人が既に本訴提起の意を固めてその準備等の活動を行つていたことは明らかである。

また、二月二七日及び三月一六日はいずれも本訴提起後であるが、特に三月一六日は原審第一回口頭弁論期日の当日であり、被控訴人は自ら出廷して本件三日間につき有効に年休を取得した理由を延々と陳述している。

(二) 他方、控訴人側としては、本件三日間は既に業務支障を理由として時季変更権を行使し、無断欠勤として処理しているため、被控訴人の前記一二月二〇日、二月二七日及び三月一六日の各年休の権利行使に対し異を唱えたりこれを拒んだりする立場にないのである。

(三) 原判決事実摘示中の信義則違反に関する控訴人の主張に係る事情のほか、右(一)及び(二)の諸事情に徴すると、被控訴人が本件三日間の年休時季指定の有効性を主張し、未払賃金等を請求することは信義則に反し許されないというべきである。

二  被控訴人の反論

1  控訴人の主張1(権利濫用)について

右主張が最高裁昭和四八年三月二日第二小法廷判決(民集二七巻二号一九一頁、同二一〇頁)に反し失当であることは明らかである。

2  非常勤職員及び超過勤務者の活用について

控訴人は、一方で、被控訴人に対する本件時季変更権の行使は日常の業務運行に必要な最低要員を確保するためのものであるから、非常勤職員や超過勤務者の存在は時季変更権の行使にあたり特別考慮する必要がない趣旨の主張をし、他方、年休等による欠務の後補充等に対処するため非常勤職員や超過勤務者も活用しているので、郵便課の要員配置数をみるときは非常勤職員や超過勤務者の有無についても加味しなければならないという矛盾したことを主張している。

3  標準的要員配置数について

控訴人は、「標準的要員配置数は最低要員配置数であり、非常勤職員の雇用や超過勤務の可否を考慮してもこれを下回るときは業務の正常な運行を妨げる蓋然性がある。」と、主張を変更した。

しかし、標準的要員配置数は、常勤職員のみで算出され、かつ、平常時における一応の目安にすぎない。

ちなみに、別表1によると、常勤職員のみにより標準的要員配置数を確保しているのは五月一七日、二五日、三〇日、三一日、六月一日の計五日のみであり、特別の事情がないにもかかわらず、非常勤職員を含めても標準的要員配置数を欠いていた日が五月一三日、二三日、二四日、二八日の計四日もある。

なお、既に五月一〇日以前から長期病休者の欠務が確定していたので、当然その後補充をすべきことが期待されていたのであるから、このことを考慮すれば、五月一九日、二〇日とも欠務許容内であり、五月二一日であつても週休変更により十分標準的要員配置が可能であつたというべきである。

4  大型通常郵袋の滞留解消と非常勤職員の雇用の関係について

本件当時、物数調査が予定されていたにもかかわらず、五月一〇日ころから約二〇〇袋の大型通常郵袋の滞留が常態化していたのであるから、右滞留解消のために非常勤職員の配置がなされて然るべきところ、別表1によれば、物数調査をひかえて右滞留を解消するために非常勤職員を最大限活用した形跡は認められない。加えて、本件三日間についてみても、別表2によれば、二〇日は非常勤職員四名中一名、二一日は同じく四名中三名が常勤職員の穴埋めとして配置されることが予定されていた。

三  控訴人の再反論

1  被控訴人の反論2について

控訴人の主張は、要するに、郵便局で正常な業務運行を確保するため通常一般に採用されている要員措置においては、常勤職員の出勤予定者数のみならず非常勤職員の雇用や超過勤務の有無も加味されているが、本件当時横手局では五月二二日からの物数調査に備えて同月二一日までには是非とも大型通常郵袋の滞留を解消させることが必要であり、当時雇用が可能であつた非常勤職員四名と、三六協定締結後に活用が見込まれる超過勤務者は、右滞留解消にあてざるを得なかつたから、要員措置上右非常勤勤務職員等を考慮できなかつた、というのであり、何ら矛盾する点はない。

2  同3について

標準的要員配置数に関する控訴人の主張に変更はない。

年休、病休、出張等の競合のため常勤職員によつて標準的要員配置数を確保できないことは必ずしも異例なことではなく、このような場合においては、非常勤職員の雇用あるいは超過勤務による労働力確保の可能性を考慮しない要員配置(要員措置)などあり得ないことであつて、この点に関する控訴人の主張にも変更はない。

なお、五月二四日及び二八日については、当初の勤務指定の段階では、常勤職員により標準的要員配置数を確保していたが、その後やむを得ない年休の付与等により休暇要員の範囲を超える欠務予定者が発生した。しかし、非常勤職員の雇用が思うにまかせなかつたことから、不足する労働力を超過勤務によつて補う計画がなされ、二四日については七名の職員に対して計一四時間の、また二八日についても七名の職員に対して計一二時間の超過勤務命令を発令したが、いずれも一部の職員が右命令に従わなかつたため、二四日については四時間、二八日については八時間の労働力しか確保できなかつたのである。右のとおり、横手局においては、標準的要員配置数を確保すべく最大限の努力を払つていたのであり、標準的要員配置数を欠いた状態での業務運行のあり方を容認していたものではない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  当裁判所は、被控訴人が控訴人との間で横手郵便局長が被控訴人に対してなした昭和五三年六月九日付の一か月間俸給の月額の一〇分の一を減給するとの懲戒処分の付されない地位にあることの確認を求める訴えは不適法であるから却下し、被控訴人の本件金銭請求は原判決主文第二項の限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却すべきものと判断する。その理由は、第二項のとおり付加するほか、原判決の理由と同一であるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。

1  原判決二五枚目裏八行目の「1(三)」を「、(三)」と訂正する。

2  同二八枚目裏末行の「遅くとも同月二一日」を「同月二二日からの物数調査の前、仮にそれに間に合わないとしても遅くとも同月二四日からの物数調査の前」と訂正する。

3  同三一枚目裏六行目の「同月二二日」を「遅くとも同月二四日」と訂正する。

4  同三二枚目裏六行目の「横手局」から同三三枚目裏五行目の「いうべきである。」までを次のとおり訂正する。

「本件当時の横手局における事業の正常な運営とは何かについて検討するに、本件時季変更権が行使された五月一六日当時、横手局では恒例の物数調査を外務関係については五月二二日あるいは同月二九日の一日と同月二四日から三日間のうち二日間、内務関係については同月二四日から三日間実施する予定であり、それに備えて遅くとも同月二三日までに大型通常郵袋の滞留を解消することが要請されていたところ、既に本件年休の時季指定がなされた同月一四日及び翌一五日には横手局の通常の場合の一応の目安とされていた二〇〇袋を三倍以上も上回る六〇〇袋余りの大型通常郵袋の滞留が生じていたのであるから、遅くとも同月二三日までに右滞留の解消を図ることが必要とされ、それが横手局における事業の正常な運営状態を示すものというべきである。

なお付言するに、被控訴人は、五月二〇日の時点で同月二二日から予定されていた物数調査の延期が決定されたことにより同月二一日についての本件時季変更権の行使の効力が失効した旨主張する。しかし、右二〇日の時点で同月二四日から物数調査も延期が決定されたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、被控訴人の右主張は理由がない。」

5  同三五枚目表三行目から同四行目にかけて「窺えない」とあるところから同六行目の「いえよう。」までを次のとおり訂正する。

「窺えない。

また、当審証人泉紀代助の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第一七、第一九号証、当審証人土舘健次郎の証言並びに弁論の全趣旨によれば、横手局における五月七日から六月三日までの職員の出勤者数及び欠勤者数とその内訳、超過勤務の状況並びに突発欠務の理由は、別表1のとおりであること、本件時季変更権が行使された五月一六日の時点における物数調査予定日前五日間の予定要員事情と六月期の物数調査実施日前五日間の要員事情は、別表2のとおりであること、以上の事実が認められる。

ところで、後記認定(原判決三五枚目裏八行目以下(本判決による補正部分を含む。以下同じ。)参照)のとおり、横手局における標準的要員配置数(その内容及び意義については後に詳述する。)は原判決添付別表(二)のとおりであり、同表によれば、日曜日及び祝日の場合が二二名、それ以外の場合が二七名となつている。これに基づき、別表1の出勤者数(常勤職員と非常勤職員を加えたもの)を検討すると、五月七日から同月一六日までの出勤者数は標準的要員配置数と同数か、一名ないし四名これを下回つており、殊に一三日に四名、一五日に三名下回つていること、また、同月一七日及び翌一八日には転じて二名ないし三名上回つていることが明らかである。

これと原判決添付別表(四)の大型通常郵袋の滞留状況を対比してみると、右五月七日から同月一六日までの間に一〇〇袋ないし六七五袋の滞留があるが、同月一四日前後で右のとおり標準的要員配置数を三名ないし四名も下回つた時期において六〇〇袋前後の滞留があつたこと、これに対し、標準的要員配置数を二名ないし三名上回つた同月一七日及び翌一八日には滞留数が減少したことが明らかである。

他方、別表2によると、本件時季変更権が行使された五月一六日の時点における物数調査予定日前五日間の予定要員事情は、非常勤職員数を含めて、それぞれ標準的要員配置数を一名ないし四名上回つている(殊に被控訴人が年休の時季指定をした本件三日間についても、一九日が四名、二〇日が三名、二一日が一名上回つている。)ことが明らかである。

以上の諸般の事情(原判決三三枚目裏八行目以下の事情も含む。)、特に五月二〇日ころまでに三六協定が締結される見込みがあつたこと、更には、原審証人土舘健次郎の証言によれば、職員一人当りの一日平均の大型通常郵袋の処理数は少なくとも一五〇袋以上であることが認められることを合わせ考察すると、同月一六日の時点において、同月二二日に実施予定の物数調査の前に、仮にそれに間に合わないとしても遅くとも同月二四日からの物数調査の前に前記大型通常郵袋の滞留を解消することを十分期待できたものと推認できる(当審証人泉紀代助の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第一八号証の一によれば、横手局郵便課内務における五月二三日から同月三一日までの間の超過勤務の命令状況については、一日平均の受命時間が六・八時間、同拒否時間が五・八時間であることが認められるが、右事実は前記認定を左右するに足りず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。なお、前記及び後記諸事情(殊に、原判決三三枚目裏八行目から同三五枚目表四行目まで及び同三八枚目表七行目から同四三枚目表一〇行目、前掲乙第一一号証の滞留数の記載と別表1の出勤者数の対比を参照)に徴すると、五月一九日ないし二一日の三日間において相当量の大型通常郵袋の滞留が生じたのは、主として、郵便物の取扱数量のいわゆる波動性に起因すること、換言すれば、横手局で右三日間に取り扱つた郵便物の数量が平均値をかなり上回つていたことに起因することが推測できる。)。」

6  同三五枚目表八行目の「同証言」の次に「並びに当審証人泉紀代助の証言」を加える。

7  同三五枚目表末行の「同月九日」から同枚目裏六行目の「推認できる。」までを次のとおり訂正する。

「右滞留の解消は、五月当時よりも要員事情が好転したほか、六月九日に三六協定が締結されて超過勤務を命じ得たことに負うところも大きいことが認められる。」

8  同三五枚目裏八行目の「前記」から同三八枚目表六行目の「符合するものである。」までを次のとおり訂正し、同三八枚目表七行目の「(五)」を「(四)」と、同四三枚目表末行の「(六)」を「(五)」とそれぞれ訂正する。

「前記争いのない事実に成立に争いのない甲第一〇ないし第一四号証、乙第七、第八号証、原審における被控訴人本人尋問の結果及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第一六号証、原審証人加藤良一、同草薙一美、原審及び当審証人土舘健次郎の各証言によれば、次の事実が認められる。

(1)  標準的要員配置数とは、各郵便局の業務量に応じて算出された要員数をもとに、各日の具体的な業務運行状況等を考慮した上、正常な業務運行を確保するために最低必要な要員配置数として定めたものである。したがつて、標準的要員配置数を下回る要員しか配置できない場合には、その不足する要員数に応じて業務支障の発生する蓋然性が高い。

(2)  横手局の五月当時における郵便課内務の職員構成は課長、副課長、課長代理各一名、主事二名、主任六名、一般職員二七名の合計三八名であつたが、そもそもの定員は三五名であつたので、三名の過員となつていた。そのうち課長と副課長らを除いた三六名の職員が前記郵便課の内務作業に従事していた。その各曜日における勤務及び担務の種類別標準要員配置数は、原判決添付別表(二)のとおりである(ただし、右標準的要員配置数が郵便物の多寡等諸般の事情によつて変動する場合があることは当然である。)。

(3)  他方、五月一四日ないし一六日の時点で予定されていた同月一六日から同月二一日にかけての勤務及び担務の種類別実際の要員配置数は、原判決添付別表(三)のとおりである(なお、右要員の中には非常勤職員四名は含まれていない。)。そして、右両者を照らし合わせてみると、五月一六日の時点において、同月一九日はともかくとして、同月二〇日は通常中勤二の担務者が一名、同月二一日は通常中勤一、小包日勤一、小包日勤三の各担務者が一名ずつの計三名、それぞれ定められた標準的要員配置数を下回る予定となつていた。

(4)  ところで、横手局では、業務を正常に運行するために必要な要員のほかに、職員が年休等の制度的に認められた各種休暇を円滑に取得できるように、休暇による欠務の後補充のための要員と、非常勤職員の雇用や常勤職員の超過勤務による後補充のための賃金が別途措置されていた。そして、年休を付与するかどうかの判断においては、単に常勤職員により標準的要員配置数を確保できるかどうかのみが検討されるのではなく、その欠務により不足する労働力を非常勤職員の雇用や常勤職員の超過勤務によつて補充することができるかどうかという検討も併せてなされていた。

(5)  また、前記(原判決二七枚目裏四行目から同二八枚目表九行目参照)のとおり、横手局の郵便課では、手紙や葉書類のいわゆる高等信と呼ばれる郵便物は最優先的に処理され、また、小包も即日処理の方針が貫徹されていたので、これらの郵便物の処理にあたる担務者に支障がある場合には、その担務に影響が出ないように後補充を考慮するなどして対処してきた結果、後補充者の担務する大型通常などの処理に影響がしわ寄せされ、結局、未処理郵便物といえば大型通常にほぼ限られていた。そして、未処理郵袋が二〇〇袋程度以上となつた場合には事態を重視して、非常勤職員の雇用や職員に超過勤務を命じるなどの強化措置をとつて可及的にその解消を図つてきた。

(6)  したがつて、本件当時の横手局においては、常勤職員のみならず非常勤職員や職員の超過勤務等も考慮して標準的要員配置数を下回るかどうかを判断し、郵便物の滞留がある場合には、その解消に必要な要員も斟酌した上、年休等の休暇の処理が行われ、正式な業務運行を確保する努力がなされていた。以上の事実が認められる。」

9  同四〇枚目表二行目の「伊藤博志」の次に「(本来の担務は分配小包中勤二であつたが、被控訴人の後補充に入つた。)」を加える。

10  同四〇枚目表一〇行目の「山本昭之」の次に「、分配窓口中勤二の佐藤栄悦」を加え、同末行の「六名」を「七名」と訂正する。

11  同四一枚目表四行目の「佐藤正三郎」の次に「、通常日勤一の佐藤栄悦、分配窓口中勤二の奥山利平」を加え、同行目の「五名」を「七名」と訂正する。

12  同四一枚目表末行の「松井日出男」を「伊藤博志」と訂正する。

13  同四一枚目裏六行目の「山田舜二」の次に「、分配窓口中勤二の加藤良一」を加え、同行目の「四名」を「五名」と訂正する。

14  同四二枚目裏末行の「五月一九日には六名、二〇日には五名」を「五月一九日及び翌二〇日には各七名」と、同四三枚目表一行目の「四名」を「五名」とそれぞれ訂正する。

15  同四三枚目表一〇行目の「いえないであろう」の次に「(右大型通常郵袋の滞留については、前示のとおり郵便物の波動性に主な原因があるが、前記認定に係る事実関係によれば、本件時季変更権が行使された五月一六日以後、突発的欠務が重なり、また、三六協定が予定より遅れて五月二二日に至り漸く締結されたこと等の事情の変化によるところも大きいものと推測される。)」を加える。

16  同四四枚目表六行目の「普通は」を「『勤務時間および週休日等に関する協約』付属覚書(乙第六号証)一四項の各号の一に該当しない場合であつても」と訂正する。

17  同四四枚目表一〇行目の「多かつた」の次に「(五月七日から六月三日までの間においても、少なくとも五件の週休振替と四件の週休交換が行われた。)」を加える。

18  同四五枚目裏六行目の「ともいうが、」を「とも主張し、原審及び当審証人土舘健次郎はこれに符合する供述をしているが、これを示す外形的行為を認めるに足りる証拠はないから、右供述はにわかに措信できず、他に」と訂正する。

19  同四五枚目裏八行目の「二二日」の次に「又は二四日」を加え、同行目の「同月二一日」を「遅くとも同月二三日」と訂正する。

20  同四五枚目裏一〇行目の「三日間については」の次に「常勤職員のみによつては」を加える。

21  同四六枚目表二行目の「関接」を「間接」と訂正する。

22  同四六枚目表四行目の「物数調査」の前に「遅くとも五月二四日からの」を加える。

23  同四六枚目表六行目の「あり、」から同七行目の「みると、」までを「あることを考慮すれば、」と訂正する。

24  同四七枚目裏三行目の「しかし」を削除し、同五行目の「そのとおり」から同一〇行目の「証拠はない。」までを「原審においてそのとおり供述しているが、右供述部分はにわかに措信できない。」と訂正し、同末行の「そのうえ」を「しかし、」と訂正する。

25  同四八枚目表三行目の「被告」から同五行目の「顕著な事実」までを「労働基準法二四条一項が法令に別段の定めがある場合等同項但書にあたる場合を除き賃金の一部控除を禁止していること」と訂正する。

26  同四八枚目表一〇行目の「原告本人尋問の結果」を「当審証人碇子宣光の証言、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果(ただし、後記認定に反する部分を除く。)」と訂正する。

27  同四九枚目表三行目の「あるし、」から同六行目の「いない。」までを「ある。しかし、右「バカケ」という言葉が使われた状況、即ち、控訴人は、上司である同課長に対し、他の職員も勤務中の郵便課事務室内において、相手方を非難する意図の下に、大声で「バカケ」と言つたことを考えると、右言葉は、本件の場合には侮辱的言辞といわざるをえない。」と訂正する。

28  同四九枚目裏五行目の「いえようし、」から同六行目の「いない。」までを「いえよう。」と訂正する。

29  同四九枚目裏末行の「穏当でない」を「侮辱的な」と訂正する。

30  同五二枚目表六行目の「理由がない」の次に「(なお、被控訴人の前記未払賃金の請求に対し控訴人側に不当抗争があつた点について、被控訴人の主張・立証はない。したがつて、右未払賃金の請求が理由があつても、被控訴人は、控訴人に対し、本訴を提起するにあたつて支出した弁護士費用を不法行為に基づく損害賠償として請求することはできない。)」を加える。

31  同五二枚目裏一行目の「一八日」の次に「(このことは、弁論の全趣旨により認められる。)」を加える。

二  控訴人の主張に対する判断

1  権利濫用の主張について

年次有給休暇における利用目的は労働基準法の関知しないところであり、休暇をどのように利用するかは、使用者の干渉を許さない労働者の自由であると解すべきである(最高裁昭和四八年三月二日第二小法廷判決民集二七巻二号一九一頁、同二一〇頁参照)。

したがつて、被控訴人が刑罰法規にふれる行為をし、逮捕、勾留されたなどの特段の事情が認められない本件では、被控訴人の本件年休時季指定がその利用目的に照らして権利の濫用である旨の控訴人の主張は理由がない。

2  本件時季変更権行使の正当性に関する主張について

(一)  控訴人の主張は、要するに、「郵便局で正常な業務運行を確保するため通常一般に採用されている要員措置においては、単に出勤予定の常勤職員により標準的要員配置数が充足されるかどうかという点だけではなく、非常勤職員の雇用や超過勤務の可否についても考慮されている。しかし、本件当時横手局では五月二二日からの物数調査に備えて同月二一日までに六〇〇袋を超える大型通常郵袋の滞留を解消することが必要であつたところ、当時雇用が可能であつた非常勤職員四名と、三六協定締結後に活用が見込まれる超過勤務者は、右滞留解消にあてざるを得なかつたから、結局、出勤予定の常勤職員により標準的要員配置数が充足されるか否かという観点から要員措置を講ずるほかなかつた。しかるに、五月一六日の時点で、被控訴人が年休の時季指定をした本件三日間については、被控訴人の年休を認めた場合、一九日については一名、二〇日については二名、二一日については四名、いずれも標準的要員配置数を下回り、事業の正常な運営を妨けることが明らかであつた。したがつて、本件時季変更権の行使は正当である。」というのである。

(二)  なるほど、郵便局における通常の場合の要員措置上の判断基準、本件当時の横手局における特殊事情の存在及び本件三日間における常勤職員による標準的要員配置数の充足状況が控訴人の主張するとおりであることは、前記認定のとおりである。

しかしながら、前判示(前記第一項による補正後の原判決参照)のとおり本件時季変更権の行使は無効である。即ち、(1) 五月一六日の時点で、(イ)本件三日間については、いずれも四名の非常勤職員の雇用が予定されていたのであるから、たとえ被控訴人の年休を認めたとしても、出勤予定の常勤職員に右非常勤職員を加えれば標準的要員配置数を充足し、かつ、一九日には三名、二〇日には二名これを上回ることが明らかであること、また、(ロ)同月二〇日ころには三六協定が締結されて超過勤務の活用も可能になることが見込まれていたこと、更に、(ハ)右非常勤職員及び超過勤務者は、大型通常郵袋を取り扱う業務を担当することにより、常勤職員と同程度に最終的後補充者としての役割を果せると推認できることにかんがみると、同月二二日に実施予定の物数調査の前に、仮にそれに間に合わないとしても遅くとも同月二四日からの物数調査の前までには、前記大型通常郵袋の滞留を解消することが期待できたものというべきである上、(2) 土舘課長は、通常の配慮をすれは被控訴人の代替勤務者を配置することが可能であるにもかかわらず、そのための配置をしなかつたことを総合すると、本件の場合労働基準法三九条三項但書にいう「事業の正常な運営を妨げる場合」に該当するとは未だ認め難く、したがつて、同課長のした本件時季変更権の行使は、その要件を欠き、無効といわなければならない。

なお、控訴人は、後から請求されてきた年休を付与するために週休等の予定者に対してその出勤の可否を検討するなどということは使用者の服務差繰りの努力義務の範囲をいたずらに拡大するものである旨主張する。しかし、前記認定(原判決四四枚目表二行目から同枚目裏二行目参照)のとおり横手局郵便課では本件当時「勤務時間および週休日等に関する協約」付属覚書(乙第六号証)一四項の各号の一に該当しない場合であつても本人の承諾を得た上で週休の他日振替や交換等が行われることもしばしばあつたのであるから、右事情の下においては、年休権の行使を実効あらしめるため、週休等の予定者の中から代替要員を確保するよう配慮すべきことを管理者に求めても、管理者に難きを強いることにはならないし、また、週休者の権利保護に欠けることはないものと解される。したがつて、控訴人の右主張は理由がない。

(三)  以上のとおりであるから、控訴人の前記(一)の主張は理由がない。

3  信義則違反の主張について

成立に争いのない乙第二二号証及び弁論の全趣旨によれば、控訴人の主張3の(一)及び(二)の各事実が認められるが、右認定事実を考慮しても、原判決判示に係る諸般の事情(前記第一項において補正した部分を含む。)の下では、被控訴人において本件三日間の年休時季指定の有効性を主張し、未払賃金等を請求することが信義則に反して許されないとまではいえない。

したがつて、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

三  よつて、原判決は相当であり、本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤貞二 田口祐三 飯田敏彦)

別表1、2〈省略〉

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